AKBとかオリコン批判とか新しい音楽チャートとかどうでもいい

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AKB人気は本当か 新世代の音楽チャート作れ 日本経済新聞 http://s.nikkei.com/1qsSwQD

 

この記事を読んで良記事だと感じた反面、【新しい音楽チャートの先にあるもの】が不透明だったので考えてみた。

果たして、この新しい音楽チャートの誕生で何が変わるのか。

本当に”冷えきった音楽業界の起爆剤”となるのか。

をテーマとして取り上げる。

 

まず、私の考えの行き着くところを箇条書きにまとめた。

 

目次

・新しいチャートができても結局AKBのパワーは強いのではないか。

・多少の順位入れ替わりがあったところで誰がみるのだろうか。

・チャート(主にオリコン)を見る習慣が無くなったリスナーの再帰は難しいのではないか。

・チャートも結局はプレイリストの一つとなっていないか。

・極論、不透明な複雑化したチャートよりyoutubeの再生回数ランキングのほうが面白いのではないか。

・まとめ

 

新しいチャートができても結局AKBのパワー(人気)は強いのではないか。

 

CD売り上げデータのみで順位付けされたチャートはAKB独占でつまらない。個人が握手券(投票権)のためにCDを複数枚買う現状だから音楽チャートとして成り立たない。これらの主な理由からデジタル配信、ツイート数、レンタル回数、ラジオ再生回数を加えた総合チャートにすべき、という考えは理解できる。だが、結局私たちに一番近いアーティストというのはAKBであり、ジャニーズに変わりないのではないだろうか(私はAKB、ジャニーズを好きでも嫌いでもない中立の立場)。街角でもニュースでもテレビCMでも本でも露出度は多く、このコンテンツパワーは例えどんな総合チャートが確立しても最終的に上位にくるのは明白。そしてこのコンテンツパワーは同時に人気度を表しているのでリスナーの意向を反映している。そもそも「リスナーに一番近い(人気)の曲」をチャートとしてランク付けしているのだから、AKB色が強いチャートこそ然るべき姿といっていいはずだ。

 

多少の順位入れ替わりがあったところで誰がみるのだろうか。

 

仮に新しいチャートで多少順位が変わったとする。しかし、【変わった】といってもそれを気にするのは音楽関係者と一部のファンにおける限定的なもので終わってしまう可能性が高いのではないかと考える。この点に関して定量的なデータで決定づけることはできないが、実感としてだ。例えば従来のチャートで12位だった曲が新しいチャートでは2位だったとする。この変化を見てあなたはどう感じるだろうか。私の主観では「今後も新しいチャートを参照しよう」というモチベーションに変化することは絶対(ほぼほぼ)に、ない。なぜならば、すでに人々のチャートへの関心度は薄れており、また複雑化されたデータを見せられて普通の人は脳を動かそうとしないからだ。無関心のカテゴリーに人を呼び込むには労力がいる。そのモノに【感動】、【新しさ】や【メリット】の付加価値が必要であり、このチャートからこの動機を生むにはかなり役不足だろう。

チャート(主にオリコン)を見る習慣が無くなったリスナーの再帰は難しいのではないか。

 

先程も軽く述べたが、チャートに対する関心度は無くなってきている。これは音楽テクノロジーが進むにつれ楽曲(ジャンル)と聴き方が多様化しているためチャートが機能しないのは仕方がない。もはや「音楽」というカテゴリーを「チャート」で表現するのはナンセンスとも思える。

それこそ私が小学生の頃は、深夜TBSでやってるCDTVとかMステ等の音楽番組のランキングを食い入るように観ていた。チャートが絶対であり、学校での話題もこれを基準としていた。果たしてその信頼度を新しいチャートが取り戻すことができるのだろうか。リスナーも【バカ】ではない。関心度も期待度もない「チャート」の内部構造を変えても人の心は動かないはずだ。やはり外部構造を変革するしかない。チャートとリスナーのコミュニケーションづくりを。

チャートも結局はプレイリストの一つとなっていないか。

 

音楽の聴き方は変わった。正確に言うと分散した、と表現した方が適切だろう。メインとなる方式はCD等のフィジカルをはじめ、MP3等のデータ、youtube等のストリーミングがある。特に近年ストリーミング市場が急激に成長するなかでリコメンド機能や自動カテゴライズなど、アルゴリズムの精度も高まってきている。能動的な操作を少なくして、求める音にリーチできるのだ。そして音楽チャートというのも、この機械的にカテゴライズされたものの一部であり、存在感が薄れてしまった。つまり、細分化されたカテゴリーの単なる一つになってしまったのだ。なくてはいけないものではあるが、プレイリストの一部となってしまった以上、無念ではあるが重要性は低いだろう。

極論、不透明な複雑化したチャートよりyoutubeの再生回数ランキングのほうが面白いのではないか。

 

私たちに近い音楽の指標をつくるならば多様化したデータを集計し、総合評価しなければならない。しかし、皮肉なことに複雑化したデータに対し積極的な姿勢を見せる人は多くない。政治でも経済でも同じだ。結果として、チャート自体の精度は高まるだろうが、私たちの関心度は反比例するだろう。だったら【youtubeの再生回数】という一つの単純なデータによるチャートのほうが話題になりやすく、参照したい気になる。さらに言えばリアルタイムで再生回数が変化し、順位が流動的に入れ替わるチャートにコミュニケーション機能を加えたものがあれば次のチャートの一つとして面白いと思うのだが。

 

まとめ

 

確かに新しいチャートは必要だ。しかし、チャートの内部構造にスポットを当てるのではなく、外部構造(コミュニケーションデザイン)を重視して考える必要があるだろう。どんな時、どんな人にこの「新しい音楽チャート」が使われ、人と人との間に文脈が生まれるか。誰もが納得いく新しいチャートをどうプロモーションして権威付けしていくか、みんなで考えようよ。AKBがチャートを汚すとかオリコン批判は何も生まないのだから。